感情論

「呆れました」(白線の内がわ)

水上学が藤田復帰について余計なことを書いて読んだ人全員をドン引きさせるという偉業を達成したみたいなんだけど、競馬ブログ界隈の大御所toroneiさんが書いたこの記事の後半部分がきっとおれ批判に違いないので顔を真っ赤にしてこんな夜中に更新してるわけなのだが。

国際化の流れに対して明確に反対もせずに、賛同とか追随している人たちに嫌味だけ言ってる姿は、呆れさせられます。

この文章も何を言ってるのかわからないと僕は思うのですけど。「国際化の流れ」ってなんでしょうか。流れそのものには反対も賛成もないと思うんだけど。個別具体的なそれぞれの案件に対してそれは賛同とかそれはちょっと・・とかってなるのが普通ですよ。僕の場合は、にもかかわらず海外競馬を絶対神のように崇め奉って超面白い日本競馬を古いとか未熟とか腐して悦に入ってる識者が嫌いなわけで。明確に賛同とか反対しちゃってる人の方が盲目的で気持ち悪いんで、そういう人*1に嫌味を言ってる姿は別に呆れないというか水上学なんてどうでもいいと思うぐらい。まあ多様な意見の一つじゃないの?ってな感じで。ついでに言うと別に競馬ライターだからって競馬にまつわるすべての事柄にいちいち確固たる意見を持ってなきゃいけないってこともないだろうし。

馬券オヤジのスタンスでいきたいのなら、予想だけして他のことは黙っておいたほうが良いし、やっぱりこれならまだ余計なことを言わないし、言うときは覚悟決めて言ってる、須田さんとか、山河さんとかの方が、マスコミ関係者として誠実だと思う。

あと、もちろん水上氏が日頃どんな思想でどんな主張なのかは知りません。本当にtoroneiさんの言ってるような感じなんでしょうか?理事長汚点発言の時にこの人が須田氏なんかと一緒になったつもりで激怒してたのはなんだかなあと思った覚えはあるんですけどね。その時の印象だけでまあこいつはたいしたことねーなと思ってその後のことは知らない。それはいいとして、馬券オヤジのスタンス(?)だったら黙っとけっていうのはファシズムかなにかですか?もしくは差別発言ということでよろしかったでしょうか。予想しながら時には何か言ってもいいじゃないですか。須田さんだって余計なこと言うときはあるし、予想だってやってるじゃん。誰だって失敗ぐらいします。それにそういう区別は誰の意見だから正しいとか、あいつの言うことだから気に入らないというようなしょぼい思考形態につながるおそれがあるのでやめたほうがいいと思います。
冒頭の水上氏のドン引き記事では藤田の暴力事件なんてどうでもいいというようなことが書いてありますけど、前から藤田のファンだった人ならそういう反応もまあありえるだろうなとは思う。ジダンの時に土田が全力で擁護してたのもテレビで観たし。実際問題として例えば藤田の身内とかが事件を起こしたからと言って絶縁するなんてこともないわけでしょ?一度の失敗をもっていままでのすべての功績が無しになるという考え方も極端すぎる。簡単に見捨てるようならそれで本当のファンと言えるかどうか・・。ディープインパクトの時はみんな水に流したじゃん。あともしかしたら不勉強な僕だけが知らないのかもしれないけれど藤田の事件の詳細ってどっかに出たの?有名人は何があっても絶対に反撃しちゃいけないっていうのを鉄の掟にするとそのうち有名人やられ放題になるんじゃないの?別に暴力を肯定してるわけじゃないけど、特別な事情がある場合もなかにはあると思うから、一応ね。
まあつまるところ、人の人に対する意見なんて実はただの好き嫌いで決まってくる場合が多いわけで、藤田が好きなら暴力事件なんて気にしないってことになるし、水上氏が嫌いなら予想だけして黙ってろこの馬券オヤジってことになるわけで、そういう意味では誰でも大差無いっていうか誰だってそう。それを忘れて集団リンチってのも暴力事件がネタだけに趣があるなあと笑。
僕も「ああまたあいつかマジうぜー」としか思われないポジションなだけに、心底どうでもいい水上学(ついでに藤田)を頑張ってかばってみたわけですが、好き嫌いありきで記事を読んだり書いたりするのはできるだけやめるように努力していこうよってことが言いたかっただけで、水上学なんかマジどうでもいいし、toroneiさんがいつもそうだとか言ってるわけでもないので誤解の無いようにひとつよろしくお願いします。

*1:もしいたらの話ですけどね