衆愚に媚びたら尻軽ブログ

文章について(ヘボメガネ一進一退)
http://d.hatena.ne.jp/hebomegane/20080406/1207453195

先日そういえば本サイトのアクセス数って最近見てないなあと思って、覗いてみたら衝撃の数字だった。1ヶ月で400ぐらいだったかな。いま向こうではおれのしょっぱい予想しか書いてないわけで、その土日が合わせて50ぐらい。つまり更新時平均25人というわけだ。予想しか書いてないのだからこれがそのままおれの予想への評価だということなのだろう。
もともと競馬の予想っていうのは現実の馬券という形で結果が出るわけだから、わざわざネットに予想を書く必要性なんてないんだよね。じゃあなんで書いてるのかというと人に晒すぐらいの気持ちで予想したいってのがひとつ。そういう気迫がプロの予想家どもにあるのかなというのがすべての原点。もうひとつはインターネッツに有料予想みたいな詐欺サイトしかないなんてことになるのは寂しいなと思うから。いろんな人の予想を眺める楽しさってのも競馬にはあると思うの。そう思うからまず自分がそれを示そうとしているの。だから無意味だと思って疲れても投げ出さないでいつまでも続けているの*1
昨日のゲンダイの隅田川特別の本紙予想は◎リバイバルシチー(9人気2着)。昔と比べるとプロの予想家にも鋭い人が多くなった。テレビはパドック含めて劣化中だけど、全体ではプロ意識のある人は増えてきたように思う。ネットにも依然として的中画面偽造とか万馬券後出しとかあるみたいだけど、予想を書くことで予想技術の進歩に成功した人も実際見かける。それならもうおれみたいなのはむしろ失敗例としてひっこんだ方がいいのかなという気がしないでもない。
ただ、一方で競馬予想界隈というものが広がっているような気はまったくしない。むしろ卒業する人が多くて縮小してるような印象すらある。探してないだけで実際は違うのかもしれないけど。競馬に限らず世間の雰囲気(ネットで盛り上がってるかどうかとか)が実際の盛り上がりにも影響すると思うから、この点はもっと意識されてしかるべき。それならおれみたいなのでもまだいていいのかなとか思ったり。
前置き長くなった笑。ここから本題。要するに開かれたインターネッツにブログを書くっていうのは少なからず他人の目の存在を気にしているというのは間違いない。冒頭のメガネ氏もそう言っておられる。文章はメモとは違うからね。まあ自意識とでも言うのかな。その脳内他者っていうのは本来自分が誰かに期待する目でいいはずだ。言い換えると自分の理想に近づくことがそもそもの目標だったはずなのだ。
ところがはてなでは、現実の他者の目が見える。スターとかブクマとか。それは得点のようにあまりにもはっきりとした数字であるので、それが評価のすべてだとつい思い込んでしまう。スターは全体像がつかめないけど、はてブはもうはっきりと衆愚そのものだと言い切れるレベル。注目のエントリなんて開いても文章として心に響くようなものはほとんど載ってこない。それが現実だからしょうがないけど、だからといって脳内の他者をそんなのに合わせてしまうと、自分の書きたかったものは書けなくなる。うけないことが怖くなったらおしまいだと思う。

*1:途中何度か投げ出したけど